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東日本大震災報告会『被災地からの発信』(5)「東日本大震災報告会」及び「被災地バスツアー」に参加して

「東日本大震災報告会」及び「被災地バスツアー」に参加して

 平成24年12月15日に開催された「東日本大震災報告会」及び翌16日に企画された「被災地バスツアー」に参加してきた。
 先ずは報告会、会場の「仙台国際センター」は東北大学のすぐ近くだが、私は調査士試験をこの東北大学で受験したので、少し懐かしい感じがした。

 報告会は、被災3県の調査士会会員による「被災報告」及び「土地家屋調査士と被災業務」に関する講演、早稲田大学山野目教授による講演(東日本大震災と土地家屋調査士)であったが、印象に残ったのは山野目教授の話であった。
 建物の表示に関する登記において、「表題登記の要件」と「滅失登記の要件」で物理的状況の線引きがイコールではないという話である。日常業務の中では無意識に使い分けているが、改めて認識させられる話であった。例えば、登記されている建物において、津波により外壁・屋根等が無くなってしまった場合、この建物は不動産登記法上滅失したことになるのか…。実務上の取扱は別にして、考え方は分かれるのではないであろうか。単純に考えれば「外気分断性が無くなったので滅失」、別の考え方は「外壁・屋根を補修すれば外気分断性が回復するので滅失ではない」などなど、正解は今後の研究に任せるとしても、日常業務の中で「表題登記の要件」と「滅失登記の要件」の物理的状況の線引きを使い分けていることは事実であり、そのことにほとんど疑問を感じていなかった自分が居たことも事実である。登記官と建物の認定や滅失の認定で議論するとき、自分は常にどのような見解で望むのか、ぶれないように自分なりに確認しておくのも良い。

 次に「被災地バスツアー」で印象に残ったことだが、これは前日の報告会とは真逆であった。前日は被災体験より、登記云々が印象に残ったのだが、現地に行くと、そうはならない。やはり被災体験の話ばかりが印象に残り、登記がどうだとかいう話は霞んで消える。もちろん、登記の仕事で現地を訪れたり、何か特別な目的を持って被災現場を訪れるなら見方も異なるとは思うのだが…。

 被災体験を聞いて思うことは、「やはり、この世は不条理である。」ということであった。恵まれた者とそうでない者の
差は歴然とするようである。一番は生き残るか、そうでないかだが、それ以降の状況もかなり差がある。

 まず、災害からの避難、具体的に今回の場合は、津波からの避難であるが、この場面で不条理を感じることはなかった。印象に残ったのは、それ以降である。親類に救援物資を届ける際、同じように被災している近所の人達から目をそむけ、自分の親類のみに食料を届けた人の話など、理屈抜きで納得してしまう。「全ての人を助けられない状況になったとき、助けるのは自分か、家族か、或いは他人か?」もちろん正解などあるはずもなく、ただ自分がどれを選択するかのみである。反対の立場になれば、助けてくれる人が自分を選択するかどうかで状況が変わってしまう。当然と言えば当然のことだが考えさせられる。連合会から救援物資を受けた会員は非常に感謝していた。これは選ばれた人の感想である。ただそのとき選ばれなかった人(会員以外の一般の人)は…。どんな人でも社会の中で生きている限り何らかの人間関係が存在しているのだから、全く私(公共機関以外)の支援が受けられない人は少ないとは思うのだが…。今回、支援(救援)という場面で自分が何を選択し、どういう結果になったか、少し色々な角度から思い起こしてみると、今後の自分の選択に影響を与えるかもしれない。もし今、私が支援する側として選択するとすれば…。また支援される側になったと想定したら…。もちろん選ばれる人になりたいに決まっているのだが…。選ばれなかった場合は…。

研修部理事 鈴木 貴志

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