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黒船がきた~ァ!~横浜開港150周年に寄せて~

黒船がきた~ァ!~横浜開港150周年に寄せて~


「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず」
今年は横浜港が「開港 150周年」となる。当時、浦賀に黒船が現れるや、幕府は「手も足も出せなかった」。このようなことを聞いて、日本人として歯がゆいものを感じたのは、私だけではなかったようである。
しかし、落ち着いてみると戦国乱世の後、日本では天下太平を貪る間に、世界は大航海時代に突入し商取引が活発におこなわれ植民地も拡大していた。その為、帆船も大型化、また、船の高速化のためマストを 3本に増やして大海原を疾駆していた。そして、黒船の現われるこの頃になると蒸気船(全長76m)となっていたのだ。ところが、日本の帆船といえば、大きくても帆柱 一本の千石船(全長20m)。しかも、沿岸を走るだけの船で「樽廻船」とも呼ばれていた代物である。日本は島国であることから、それはそれで風情があり、粋(いき)でもあるが、ただ大量物資の運搬は海路にたよっていたため、馬車が行きかうような、しかも土木工事の伴う街道は発達してこなかったのも事実である。


このようなことから、ペリーの外交手腕だけでなく、幕府は、たった四隻の蒸気船が現われて沿岸の制海権を奪われてしまうと、その途端に身動きできなくなったと考えるのも自然のようだ。
しかし、この「黒船」。ホントは、すでに時代遅れの戦列艦で、やっと日本に辿り着いたような船なのにd(^-^)ネ! また、その後の歴史から、船は石炭の戦列艦から装甲艦(1859年)・戦艦へと変貌していく。

さて、幕末における外的・内的に歴史の織り成す要素が絡み合って1853年 7月 1日(旧暦:安政 6年 6月 2日)、横浜港は開港し貿易を開始した。そして、産業革命後の技術・世界の秀でた文化が怒涛のように流れ込んできたことは皆様ご存知の通りである。
翻って今、私達を取り巻くインターネットの32bitのIPアドレス。43億個弱もあるが、既に限界と囁かれている。そこで次世代IPプロトコルであるIPバージョン6(IPv6)では、IPアドレスが128bitで表現されている。また、パソコンの通信速度も 8bit・16 bitから 現在の32 bitへ高速化した。そして、これから64 bitの世界に突入しようとしているのである。まさに今、「 21世紀の黒船来航!」を目の当たりにしているようだ。
昨今、法務局のオンライン庁も整備されたので、私達の業務でも登記事項・地図情報のダウンロード・特例方式(半ライン?)の電子申請も行われている。また、巷では、今までの「OSサポートもすぐになくなる」ということを聞くと、私はいま、登った梯子を片付けられたような心細い気持ちになっている。
「開国」・「終戦」・「インターネット」。これで寝た子を起こすのは三度目なの?
いよいよ年貢の納め時かな・・・ア。
Yes!We can? (^^;;; こんな声が聞こえてきそうだ。

(神調報H21.4・5月号掲載) 横浜北支部 三浦 修二

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